台灣友好の旅【第1章】

この2,3年、仕事の関係で台灣を訪ねる機会が多くなりました。
昨年の秋も、3泊4日という超過酷なスケジュールで台北⇒高雄⇒台南⇒台中⇒台北と、帽子メーカー廻りのため台灣を回りました。

台灣訪問にあたり、つくづく人の縁とは不思議なものだと感じました。
よく目に見えない糸で結ばれているという表現を使いますが、本当にこの広い地球の上で「人と出会う」というのは誰かが「故意に会わせているのか」とも思えてしまいます。

台灣との関わり

台灣訪問記の前に、弊社が台灣との関わりを始めたきっかけをご説明させていただきます。

至る2011年5月30日台北の華秦王子大飯店にて、弊社の帽子展示会を催しました。
初めての試みだったので業種を絞り込まず、小売店·問屋·商社など多種多様な企業の方に来社して頂きました。

その中のお客様の一人に台灣帽子協会の理事長様がいらっしゃり、弊社の帽子をじっくりご覧になられて何点か購入されました。
この展示会を機に、台灣帽子協会との関係が始まりました。

同年10月27日には、「台·日交流会」を開催し、西日本帽子工業協同組合のメンバー10名と再度台北に赴いて台灣帽子協会のメンバ-と意見交換をしました。
その後、今度は逆に台灣帽子協会の理事ら34名が翌年4月16日に台灣から弊社へ来て下さり、工場見学や展示会をご覧いただき、徳島·小松島の工場、CA4LA神戸店さん、和歌山の紀之川製帽さんや島精機さんなどを3日間にわたり見学され、その間大阪や神戸で夕食会を開催するなどさらに親交を深めることとなりました。

お世話になった方々、ありがとうございました。

台灣訪問の目的

台灣訪問の目的は冒頭でもお話したように、帽子メーカー廻りです。

台灣帽子協会のメンバー表を元に何軒か表敬訪問と、海外からの帽材を台灣に送り生産できる工場を探します。

台灣訪問1日目

2012年10月29日11時30分、我々は台北空港に到着しました。

到着後すぐに桃園(Taoyuan)駅から新幹線のような列車に乗り、高雄に向かいます。
列車は内装も「日本の新幹線」にそっくりでした。

窓から見える風景も同じような景観(“台北の秋葉原”と呼ばれている電気街など)でまったく日本国内を新幹線で移動しているかのような錯覚に陥りました。
どうやら車両は、日本の新幹線技術(JR東海 JR西日本共同)700系の改良型となる700T型を導入しているということでした。
全長345kmの距離を最高速度300km/hで疾走し、ノンストップ便では所要時間約1時間30分で結ぶ台灣の誇る高速鉄道です。

終点の高雄(左営“Zuoying”駅)に14時に到着しました。
左営に到着後、新光三越高雄で昼食を取ります。

まず、台灣帽子協会のOさんの案内で帽子小売店を3軒程回りました。

台灣では、単車に乗る人口が増えているので帽子というよりはヘルメットや手袋が売れているということでした。

その後、中国·韓国からニットの帽子を仕入れて台灣市場に流している貿易会社を訪社。
単価の安さには驚きました!

初日の夜は理事さんたちやそのご家族、そのまた友人、そして誰かの友人、怪しげな日本語を話す中年女性と、多彩な顔ぶれでご飯を食べに行くことになりました。
しかしこの日の夜、弊社の社員Kは台灣流洗礼を受けることになるのです...

みんなで円卓を囲み和やかな雰囲気の中、乾杯と握手責めで無事に終了しました。

ところが台灣協会の理事Rさんが「もう1軒行きましょう!」と気勢を上げ、我々はカラオケレストランに向かい、宴会は続きました。
カラオケと言ってもメインがカラオケというわけではなく、飲み比べに行ってるようなものでした(笑)

誰かの友人である警察官が、ステージで聞いたことのない「民謡」のような曲をただひたすら歌っており、その歌はBGM代わりみたいなもので客は踊り出しました。
ふと横のソファに目をやると台灣協会の理事Rさんは友人に介抱されながら深い眠りについていました...

ここで同席していた社員Kに惨事が起こりました。

トイレから出て来ないのです。

15分経過、20分経過、30分経過...
さすがに心配になりトイレを激しくノックすると、彼は青い険しい顔をしてトイレから出てきて、そのままソファに崩れ落ちました。

ビールからワイン、そして紹興酒と飲み続け、高粱酒(コウリュウシュ)という50度以上の魔酒を飲んでいたのです。

そしてバケツを抱えソファで眠る社員K...
初日から大惨事でした。

(後日 社員K談)

この日は気がつけばホテルのベットでもちろん一人で寝ていました。

確かビールから始まって、ワイン、紹興酒!
さらに台灣で50度以上といわれる高梁酒(コウリュウシュ)に自然というか必然的に口にした記憶があります。
それは焼酎の臭みをもっと強くしたもので、この魔の酒こそが私の記憶に3時間の空白を作ってしまったのでしょう。

ここで台灣のお酒の飲み方について少しお話させて頂きます。
日本とは少し違います。
というか、だいぶ違います。

日本の場合、最初に乾杯をして後は自分で好きなように飲んで節があればまた乾杯って感じですが、台灣の場合は最初から最後まで乾杯の連続。
一番重要なのが、台灣の場合自分が飲む場合は必ず人に勧めなければいけません。
これがマナー。
自分が飲む場合は他の人も、他の人が飲む場合は自分も、お酒を勧める事に関しては立場は関係なしです。

次に重要なのが飲む量。

相手の飲んだ量を見ながら自分も同じ量を飲みます。
相手もこちらの飲む量を見ながら飲むのでお酒に強くない人はなるべく控え目に飲んだ方が良いでしょう。
特に何も言わず「来(ライ)」とだけ言われて飲む場合はこの飲み方でいいんですが、「乾杯(カンパイ)」と言われたりグラスを合わせたりした場合は「一気」の意味。
量がどうであっても全部飲まないといけません。

ここに大きな落とし穴があったのです。
最初の量が違ったりするとわざわざ足されますし、もうお酒がなかったりすると自分のグラスのものを強引に移してきたりもします。

どうですか?
このことを先に勉強しておくべきでした。(後悔)
周囲の皆々様には本当にご迷惑をおかけしました...(反省)

台灣訪問2日目

翌日台南へ移動。

午前中何軒か帽子理事の方の店や会社を訪問しました。

台灣訪問3日目

3日目は台中から大甲へ移動します。

ここには我々が求めていた工場がありました。
ただそれは昔の話で、今は帽子を作る古い機械は埃を被っており、若い人達に帽子を作る技術が伝承されない問題があります。
また仮に帽材をここへ持ってきた場合の染色の問題(かなり化学的な匂いがするので公害となる)など課題が残されました。

午後からは大甲から影化縣へ移動です。

ここには島精機のニット編機が200台以上あり、今後も更地1,000坪に工場を建てると頑張っておられるCさんファミリ-がいました。
33歳の奥様が日本語を完璧に話すことができ、主人が社長、他に父、母、弟が3人。
そして弟の内の2人が双子。
本当にすごいファミリ-です。

英国の百貨店のOEMをメインにビジネスが右肩上がりに成長しているというので、パワーをいただけた気分でした。
是非とも再度訪社したい企業のひとつです。
その時どれだけ大きな会社になっているのか楽しみです!

台灣訪問4日目

この日は日本へ帰国するため、台北空港を12:30に出て関西空港へ15:50に予定通り到着しました。

いかがでしたか?
日本人に対して友好的に接してくれる国、台灣。

本当の意味での温かみを肌で感じることができました。
もちろんそのことに甘えずに東日本大震災の義援金として台灣から107億円、そして5,000トン以上の支援物資を頂いたことに関しても忘れずに、大変感謝していることを台灣の皆様に伝えました。

これからも台灣への旅はまだまだ続きます。

台灣訪問【次回予告】

2013年3月初旬、我々は再再再度、台中·台南を訪ねました。

今回の目的は、3/17付で台灣帽子協会の新理事長に就任されるUさんご夫婦へのご挨拶と、今後の台日間における技術的交流が果たして可能なのかどうかを話し合うためです。

台灣帽子協会の新理事長に就任されるUさんご夫婦

しかも台中の棒球場では、世界野球大会(WBC)の台灣VS韓国の熱戦が繰り広げられていました。

次戦は東京ドームでの台灣VS日本です。
朝刊には「加油!台灣軍!」「台·日大戦!/東京白屋根棒球場」という見出しが踊っていました。
私は「台灣チームが勝てば電話するから」と固い約束を交わし、帰国したのです。

試合は延長に突入、今大会最高の大熱戦の末、惜しくも台灣チームは日本に敗れてしまいます。
しかし勝敗を度外視し、心から感動を覚えた見事な戦いでした。
試合終了の瞬間、つい先ほどまで一緒にいた台灣の「友人」の顔が何人も浮かびます。

謝謝、謝謝!台灣 加油!台灣&日本!
感動の中、こうして台灣との交流はさらに深くさらに熱さを増していくのでした。